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福岡地方裁判所 昭和45年(行ウ)8号 判決

理由

〈前略〉

二、本件争議行為に至る経緯

1  北九州市交通局の財政事情、職員の給与改定等について

(一)  〈証拠〉によればつぎの事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

昭和三八年二月一〇日発足した北九州市は、旧若松市より既に経営状態の悪化していた交通事業を引継ぎ、昭和三八年度から四〇年度にかけていわゆる自主再建を試みたが累積した赤字を解消する至らなかつた。そこで、昭和四一年七月地方公営企業法の一部が改正された(「第七章財政の再建」の追加)のを機に同法の適用の下に財政再建団体となり、再建を計る方針を決定した。そうして、翌四二年七月三日、財政再建計画について市議会の議決を経、同月一日自治大臣の承認を得て、財政再建団体となつた。(北九州市交通局が財政再建団体となつていることは、当事者間に争いがない。)

(二)  〈証拠〉を総合すればつぎの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

イ、北九交通労組は、総評加盟の国家・地方公務員、政府、自治体関係労働者の組合をもつて組織された日本公務員労働組合共闘会議(公務員共闘)に加入していると共に、全国公営交通事業関係三九労組の連合体である都市交(総評、公務員共闘加盟)にも加入している。

ロ、そうして昭和三八年二月の北九州五市合併以来昭和四四年三月まで、当局の五次にわたる合理化計画(諸手当制度の廃止、給与表切替、人員削減・ワンマンカーの増加等。その間、財政再建団体となつたことは前記の通り。)の実施により、賃上げ額等で市長部局の一般職職員にくらべ不利益を蒙つていた北九交通労組は、第一〇次賃金闘争(以下「一〇賃」ともいう。)を組織、昭和四四年六月二八日第二回中央委員会を開催し、①基本賃金を一万円以上引上げ、八、〇〇〇円は一律配分すること、②最低賃金を二万五、〇〇〇円とし、臨時職員を含めこれ以下の賃金を解消すること、③差別、分断給料表を廃止し、行政職給料表に一本化すること等を主な内容とする要求決定をなし、同年七月上旬当局に要求書を提出した。そうして北九交通労組は、同月一七日の団体交渉の際、右要求についての考え方を当局にただしたが、未だ人事院勧告が出ていない時期でもあつたため、具体的な回答は得られなかつた。その後、北九交通労組は同月二三日人事院と公務員共闘、都市交との階層別交渉に参加するなどしてきたが、八月一五日人事院勧告(ベースアツプ10.2%、五月実施。平均五、六六〇円。)が出されたのを機に第四回中央委員会を開き、第一〇次賃金闘争では「市長部局と差別のない賃金引上げをかちとる。」こと等を決定した。

ハ、公務員共闘は、右人事院歓告に対し、同年八月一九日と九月五日の二回にわたり幹事会討議の結果「秋季年末闘争方針案」を決定し、人事院勧告完全実施、地方公務員・地方公営企業体職員の賃上財源確保、最低賃金上げ幅四、〇〇〇円、期末手当0.2増額等を闘争の重点目標に掲げ、最重要期は二時間のストライキ実施等を定めた。そうして同年九月一二日、地方代表者会議で右方針は確認され、一一月一三日を全国統一行動日と決定した。

ニ、都市交も右方針を確認し、右全国統一行動日に統一スト(早期より一時間以上二時間、七時までの時限スト)を行うことを決定した。

ホ、北九州市人事委員会は、同年一〇月二一日勧告を出したが、翌二二日北九交通労組第五回中央委員会は、先に決定した「差別なしの賃上げを闘いとる」ことを確認した。そうして、現実には地方公営企業職員の給与改定は、一般職地方公務員についての人事委員会勧告、ひいては国家公務員についての人事院勧告の実施と密接な関係を持つため、前記都市交の決定をうけ、一一月一三日の早朝統一時限スト実施という都市交の方針をそのまま北九交通労組の方針とする旨決定した。

ヘ、その後も北九交通労組は、全組合員の意思統一をはかるため職場集会を重ね、最終的には、一一月六日から三日間にわたり、一一・一三スト実施についての賛否投票を行つた結果、組合員投票総数三九八票のうち三一八票の賛成を得、ついで第六回中央委員会で具体的な闘争の形態、戦術や一般市民への事前通報等の問題について確認するとともに同月一〇日第二〇回臨時組合大会を開催し、一一・一三スト実施を決定しストライキの最終的な準備体制を整えた。

2  争議指令の発出と争議行為への突入

〈証拠〉によれば左の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

公務員共闘会議は、十一月上旬までの間、全国から地方代表者を動員するなどして政府関係諸機関と交渉を重ねたが、結局要求について満足する回答を得ることはできなかつた。そうして同月一一日政府は人事院勧告の六月実施を閣議決定した。ここにおいて公務員共闘は、常任幹事会、戦術委員会を開催して右の閣議決定に不満の意を表明するとともに、これ以上交渉の進展も期待できないという判断の下に、既定方針どおり、一一・一三統一スト実施を決定した。

都市交は、右公務員共闘の決定を受け、直ちに中央執行委員会を招集、翌一二日の両日にわたる同委員会において先の公務員共闘の方針を批准し、同日各地方本部ならびに六大都市に口頭で行動指令を発した。

一方北九交通労組は、スト実施予定を翌日に控えた一一月一二日、既に提出してある賃金要求について当局側と第二回目の団体交渉を行つたが、合意成立の見通しを得るに足る具体的回答はなかつた。かくして北九交通労組は、同日都市交本部からその九州地方本部を経由して、全国統一行動に参加、突入せよとの指令を電話で受け、同日通報用紙をもつて各組合員に指令を伝達し、翌一三日ストライキに突入することとなつた。

3  当局側のストに対する態度

〈証拠〉によれば以下の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

北九州市交通局は、昭和四四年一〇月下旬ころ、北九交通労組が中央委員会において一一・一三ストを実施する旨決定したことを知り、さらにその後もスト実施についての賛否投票を行うなどしてその体制固めをしてきたことから、企画しているストは、地公労法違反の争議行為であると判断し、一一月一一日、違法争議行為に及ぶことのないよう厳重に報告するとともに違反者に対しては厳しい措置をとる旨付言した「報告書」を交通局津島総務課長を通じて北九交通労組小林書記長に手交した。更に各職員あてには、交通局長芳賀茂之名でほぼ同趣旨の「一一・一三時限ストに対する勧告」と題する書面を各職場に掲示し、また同月一二日の団体交渉の席上でも、違法な争議行為をしないよう重ねて注意した。

三、一一月一三日における争議行為の状況

1  二島営業所

〈証拠〉のうち、原告らが被告主張のように各集会に参加したことは当事者間に争いなき事実を総合するとつぎの事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

原告永松、同上村、同中園、同野島らは、当日午前四時すぎ、北九交通労組員、支援団体員ら約一二〇名とともに車庫出入口付近に集合し、その場で集会を開催し労働歌を合唱する等の行為を始めた。

そこに仕業点検を終えた四時三二分発のワンマン一番勤務始発車は、その五、六分前、石川運輸係長の誘導で集会をしている組合員らの直前まで進行しクラクシヨンを吹鳴させて停車し、志木営業所長が携帯マイクを用いて数回退去要請をしたが組合員らはこれを聞き入れず、結局この始発車は進行に至らなかつた。続いて五時発のワンマン二番勤務のバス以下ツーマン一番勤務、ワンマン一四番勤務、ワンマン一五番勤務の計四台のバスがそれぞれ一番勤務のバスと同じような状態をくり返した。

この間集会は、原告永松の司会で北九交通労組委員長中島定樹の挨拶のあと支援労組や社共両党からの激励の挨拶等が行われ午前六時に終了、組合員らは解散した。

2  折尾営業所

〈証拠〉を総合するとつぎの事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

原告小林、同春原、同川原らは、当日午前四時三〇分ころから、同営業所東側出入口付近に北九交通労組員ら約一〇〇名とともに集合し、右春原の指導のもとに労働歌を歌つたあと同川原の司会で集会を始めた。午前四時四〇分ころワンマン一番勤務のバスは、栗本運輸課長の誘導で東側出入口付近にいた組合員らの近くまで来て停止し一応出庫の態勢をとつたが、筒井所長の携帯マイクによる数回の退去要請は無視され、出庫に至らなかつた。その後に続く五台のバスについても同様の状況がくり返された。

この間、集つた組合員らは労働歌を合唱し、原告小林や支援団体、社共両党からの激励挨拶等を受け、最後に原告川原の音頭で「団結がんばろう。」を唱え、午前六時に集会を終えて解散した。

3  小石営業所

〈証拠〉を総合するとつぎの事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

当日午前四時五〇分すぎ、数名の支援団体員を含めた小石営業所勤務の組合員ら約八〇名は、同営業所正門出入口付近で集会を開催した。右集会には原告岩本が組合側責任者として、また同植村が組合役員として出席し、スト対象のダイヤについて説明しあるいは団体交渉の経過報告をし、その指導のもとに労働歌を合唱するなど主導的役割を果した。五時の一番バス出庫がせまつた四時五五分ころ、宇佐美係長が場内マイクを使つて出入口付近で集会をしている組合員らに対し、通路をあけてバスの出庫を妨げないよう数度要請をくり返すかたわら、石田管理課長は五時発の一番バスを出入口方向に誘導したが結局前記二営業所におけると同様出庫に至らなかつた。ついで五時一〇分、五時五〇分にそれぞれ出庫時刻となつた各バスについても類似の状況が反復され出庫に至らなかつた。

その他集会では、来賓者からの激励挨拶が行われ、六時に集会を終えて組合員らは解散した。

4  バス出庫阻止の形態とその実態

〈証拠〉を総合するとつぎの事実を認めることができる。

前記三営業所におけるストライキは、外形上は、集会に参加した組合員らによるバスの出庫阻止という形態がとられている。しかしながらスト時間中に乗務する予定の北九交通労組組合員らは、職場集会等の機会にあらかじめ説明を受けて納得しており、一応表向きには当局側の業務命令に従つてバスに乗務し出庫する態度をとるものの、内心は組合員として一一・一三ストに参加する意思を有し、他の組合員らによる阻止行為の有無にかかわりなく、バスを出庫させる意思はなかつたものである。

組合がこのような争議行為の形態をとつたのは、組合側としては、その主張(第二の四の1参照)の如く懲戒処分が一般組合員に対してなされるのを避け、団結の弱体化を防ぐためであつた。これは昭和四二年ころから採用されて来た形態であつて、この実態については、組合員自身はもちろん承知し、当局側も一応察知していたところである。

なお〈証拠〉によれば、本件争議行為当日二島営業所で出庫を阻止されたバスの中には、北九州市交通局新労働組合に属する職員岩松、赤尾の乗務するもの二台もあつたことが認められる。以上の認定を左右するに足る証拠はない。

5  業務阻害の状況

(一)  〈証拠〉を総合すると左の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

本件争議行為はいずれの営業所においても、始発から午前六時までの間の二時間以内の範囲で実施され、このため運休となつたバスは二島営業所で九本、折尾営業所で六本、小石営業所で七本の合計二二本であり、これは運休した系統路線の一日ダイヤ総本数五五〇本の四パーセントに該当するにすぎず、また当時運休した当該バスに平常乗車していた利用客数は、合計三〇〇人足らずの人数であつた。

(二)  (一)で認定した計数上の僅少性に加えて、さらに、〈証拠〉を総合すると本件争議にかかる路線は、多く若松区内であつて、他に競合するバス路線は存在しない地域が多かつたけれども、一一月一三日の早朝始発時より午前六時まで争議行為が行われることは、予定の日が近づくにつれて新聞、テレビ等で報道されていた。更に当局側に同月一二日、争議行為で運休の予定されているバスの停留所毎に、北九交通労組による争議行為が予定されている旨の書面を掲示した。北九交通労組も同趣旨のことを主な内容とするビラを各停留所で配布し、あるいはニユース・カーで一般市民に対し争議行為の内容、趣旨を説明してまわるなどしてバス利用者に対する周知、対策を講じた。そうしていずれの営業所においてもラツシユ時に入る前に争議行為は終了していた。同争議行為によつて運休となつた二二本のダイヤのうち一一本がその後廃止されている。以上の事実がそれぞれ認められるのであつてこれらの事実をあわせ考えると、本件争議行為が市民生活に及ぼした影響はむしろ軽微なものであつたというべきである。

〈証拠判断、省略〉

第三 本件懲戒処分と処分権の濫用

一 本件懲戒処分が地公法二九条を適用して為されたことは前記認定のとおりであり、被告は、同条一項一号、三号、同法三三条、地公労法一一条一項の適用を主張する。しかし、地公法二九条に定める懲戒処分の種類は戒告、減給、停職、免職の四種類である。そうして、前記認定にかかる原告らの行為が地公法、地公労法の前記各条項にあたることを仮定しても、右懲戒権が争議行為に参加した者に対して発動される場合には、懲戒権者の合理的な裁量が要請され、当該職員の職権・職務内容、争議行為の目的・態様・規模、当該職員の争議行為に対する参画の度合、他の参加者に対する処分との均衡など諸般の事情を総合的に勘案して、必要な限度を超えない合理的な範囲内で選択行使されなければならず、これを超える処分は、妥当性、合理性を欠き同条の解釈を誤り懲戒権を濫用したものとして違法というべきである。

二 これを本件懲戒処分について検討する。

1(一)  まず、原告小林が北九交通労組の書記長、その他の原告らは、いずれもその執行委員であること、本件争議行為の当日各原告が、二島、折尾、小石の三営業所において具体的に為した行動については前記第二の三、1ないしし3認定のとおりである。

また、〈証拠〉によれば、原告小林が、過去において、停職三月を初めとし四回の懲戒処分を受けたことがある事実も認めることができる。

(二)  しかしながら前記原告らの行動は、組合がストライキを行う場合において、その書記長あるいは執行委員として通常なすべき職務行為の域を出ず、かりにそこにおいて単なる争議参加を超えた重要な役割を果した事情を考えるとしても、前記認定にかかる争議行為に至る経緯ならびに争議行為の状況、就中それが前記新労組員二名は別として当該運休バス乗務員を含む組合員の意思決定に基くストライキであつたこと、本件がいわゆる現業職員のストライキにかかるものであり、実際の業務阻害結果・市民生活に与えた影響も大きくなかつた。

2  それにひきかえ、〈証拠〉を総合すれば、停職は一日以上六月以下の限度で期間を定めて為されるが、その期間中はいかなる給与も支給されないことのほか、本件懲戒処分によつて昇給が延伸される結果、その後支給されるべき夏季一時金、年末一時金等の額についても不利益を受けそれが退職時にまで影響する等不利益を被むることが認められる。

3  してみると、原告らが事前に争議行為を中止するよう当局から警告を受けていたことや、二名の新労組員に対する業務妨害のあつたこと、原告小林が過去に数回の処分歴を有することなどを考慮してもなお、原告らに対する本件懲戒処分は必要な限度を超えて苛酷に過ぎ、合理性、妥当性を欠くもので、地公法二九条の解釈を誤り、懲戒権を濫用したものとして違法というべきである。〈以下省略〉

(岡野重信 宇佐美隆男 吉田哲則)

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